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やっと観てきた虐殺器官。

観ている途中、これはわかりづらいと思っていたら、
終わった瞬間、周りからもわかりづらいという声が……。

恐ろしく素晴らしい作品なので、この素晴らしさをわかってもらうためにも、原作小説やその他の伊藤計劃の著書を踏まえて自分なりにわかりづらいところを解説したい。

※原作小説のレヴューはこちら


■そもそもなぜわかりづらいのか?

重厚な小説の話をほぼほぼ端折らずに濃縮したのが原因だろうなー。

また、物語の大きな伏線となっているテクノロジーに関する話が
サラッとされているのがかなり厳しいなと感じた。

というわけで、まずはこの物語に出ていたテクノロジーについて解説したい。

■シェパードたちの使っていた武器や乗り物は……?
無人で戦うヘリや指紋認証で会計を済ますといった情報技術や機械技術は、今でも割りと普及しているから割と理解しやすと思う。
ただ、そういったデバイスでわかりづらいところは、人工筋肉の下りだろう。
バーにて酒を運んでいたあの足は、人工的に作られた筋肉である説明があったが、人工筋肉は他にも使われていて、シェパード達が地上降下の際に乗っていたものや、飛行機の羽やシートベルトにも使われていた。
そういうわけで、シェパード達が乗っていたあれが、イルカの様に泳げたわけだ。

さて、この作品をわかりづらくしているのは、バイオテクノロジー(生物・生理に関する技術)の面であろう。目薬を指すだけで、スマートデバイスが身につけられるなんて、この世界ではなんてことはない。

胴体が半分ちぎれたシェパードの部下が、何事もなかったように銃撃を続け、そのまま絶命するという印象的なシーンがあったが、それはこのバイオテクノロジーのおかげだ。

シェパード達の体には、ナノマシーンが入っており、これが脳の神経に作用することで、痛覚と言った身体的な感覚や、兵士にとって邪魔な感情である恐怖心や、人を殺すことに対する良心の呵責を感じないようにしている。
だから、シェパード達は、容赦なく少年兵や自分の仲間を撃ち殺せた。

ただ、伊藤計劃は、このようなテクノロジーを使わなくたって、人は生まれながらにそういった苦痛に対して無感覚でいられる仕組みがあるんだとこの作品で語っている。

ジョン・ポールは、「仕事」という割り切りがあるから、シェパード達が子どもを殺すような仕事をやってのけるのだと言っていた。
しかも、そのことは意識されないし、自らの意志とも無関係である。

私達が普段生きる社会でも、このようなことは起きていて、企業の不祥事なんかは、「仕事」として割り切ってしまうから起きてしまうと想像に難くない。

そして、こうした苦痛を和らげる心的な働きは、昔も今も起きていることを考えれば、人間にはこのような機能が遺伝的に組み込まれていると考えてもなんら不思議ではない。

それゆえ、虐殺といった人類史上、何度も繰り返されてきた悲劇もまた、それを引き起こす機能が人間に組み込まれていてもなんら不思議ではないのではないか。

■虐殺器官とは?
虐殺器官とは、そういった人間が遺伝的に組み込まれたプログラムであり、それが機能することで、虐殺を引きこす。
そして、その機能は、言語の習得と同じプロセスで発動する。

これは、結構、ぶっ飛んだ発想に思えるかもしれないが、そうとも言い切れない。
どんな人種でも、子どもの時に、日本語をずっと聞いていれば日本語を覚えるし、英語をずっと聞いていればがまわりにいれば英語を覚える。
この様に言語を覚える能力を持つのは、人間の普遍的な能力と思われている。

だから、虐殺のプログラムが発動するとする言葉をずっと聞いていれば、虐殺のプログラムが発動するというジョン・ポールの話は、彼があらゆる地域で虐殺を引き起こした実績に説得力を持たせる。

■ジョン・ポールの手口は?
といわけで、ジョン・ポールは、過去の様々な虐殺の歴史を振り返り、その当時の人たちがはなしていた言葉を聞いて、そこから虐殺のプログラムを発動させる文法的特徴を抽出する。

※ちなみに、実際の言語学でも、あらゆる言語から共通する文法的なパターンを抽出する研究が実際されていて、それなりにうまくいっている。

そして、虐殺を引き起こしたい地域の言語にその文法を照らし合わせることで、虐殺のプログラムを起動させる言葉を作り出し、それを政治家やジャーナリストに話させ、聞くものの虐殺のプログラムを次々と起動させていく。しかも、虐殺のプログラムは言語化されているので、言葉の様に人はそれを覚えて、話すようになる。そして、政治家やジャーナリストが話した虐殺の言葉を聞いた人が、それを習得し、覚えることで、虐殺の言葉はさらに伝播していく。
そうして虐殺の言葉はどんどん広まっていく。

他の言語を話す人には、それは意味の通ったものでないので、まったく機能しない。
序盤、シェパードの部下が急にシェパードに襲いかかったのは、潜入先の言語を習得していため、そうして伝播した言葉により、虐殺のプログラムが起動してしまったためだ。

ところが、シェパードの場合は、その現地の言葉を直接、理解できないため、虐殺の言葉は意味不明なものにしか聞こえない。そのため、虐殺のプログラムは起動しなかった。

■ジョン・ポールを殺したのは?
ジョン・ポールがいた軍事企業とそれを守っていた政治家だ。
彼らもまた、ジョン・ポールの様に自分たちの敵になりそうな地域に虐殺を発生させ、平和を守ろうとした。
ジョン・ポールがこの手口を告発を決意したため、殺したのだ。

■シェパードは最後、何をしようとしていたのか?
原作だと、彼は、ジョン・ポールが見つけた、虐殺の文法を英語に当てはめることで、英語版の虐殺の言葉を作り上げ、それを公聴会で読み上げる。
結果、最も話者の母数が多い英語圏で虐殺がはじまってしまい、世界は混沌に陥る。

なぜそのような行動をとったかは、正直、私もわかってないが、ルティアの死が大きな影響を与えている様に思う。彼女を殺しまで自分たちの平和を守ろうとした世界に復讐しなかったのではなかろうか。

ちなみに、その混沌に陥った後の世界を描いた話が「ハーモニー」である。

というわけでぜひ、ハーモニーも観て欲しい。

※ハーモニーのレヴューはこちら

伊藤計劃の考え方を知りたい方は、こちらのエッセイがおすすめ。
伊藤計劃記録
伊藤計劃
早川書房
2010-03-19


この文章を読んで、少しでも虐殺器官の素晴らしさが伝わったなら、とてもうれしい。